コンテンツの消費

白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

好きなものを作った人に好きだと伝えることができるのは、どれ程尊いことか

好きで好きで好きで仕方のない漫画を描く人がいる。
名前や作品名はここには書かない。
ネットでひっそり漫画を公開している人だからだ。
反響が大きくなると引っ込んでしまう時もある、本当に漫画を描くことが好きで好きで仕方のない人。

私がどのくらいその漫画を好きかというと、大袈裟でなくほぼ毎日繰り返し読んでいる。
好きで好きで好きで好きで仕方がない。
twitterに上がった鉛筆のラフだって、隅から隅まで眺めている。
ここの線から感じ取れるものはなにか!
いつだって考えているし、いつだってそれを言葉にしたい。

漫画を読んだ感想を、公開されたメールアドレスに送っている。
シリーズが完結したときとか、ごくたまに。
本当は落書き一つにだって長々と長々と思ったことを伝えたいけれど、あんまり長いのもなあ、と思う。
「喜ばれるんだから感想はどんどん送りましょう」と見かけはするが、毎日何千字と送られてきたら、怖くないか。

なので、今ならいいかな、という機会を見計らって、あまり頻繁にならないように、愛を込めて言葉を選んで書いては消して書いては消して、漫画を読み返して、推敲して推敲して推敲して、寝かせて、訂正して、漫画を読み返して、追記して、追記して、また推敲したものを送る。

毎回、「感想ありがとうございます!」と返事が来る。
「ネットでひっそり」とは言ったが、ひっそりの中でも最強のような人だ。
きっとすごい数の感想が来るのだろうと思う。
なのに、「感想ありがとうございます!」と返事が来る。
嬉しい。とても嬉しい。何度も見返す。嬉しい。

会ったことはない。
会える機会は転がっていたが、私は頑張れなかった。
どうやらもうしばらくその機会はなさそうだ。
私は、頑張れなかった。
感想を書いて書いて書いて、送って送って送って、でもそれは結局全部フリック入力だ。
手書きの手紙を渡す機会を棒に振ってしまった。
後悔先に立たず。
ああ、どんな便箋で手紙を書けばよかったんだろう。
空色に紺縁で金の箔押しが入った便箋が欲しい。
限りなく黒に近い深い藍色のインクを、敢えてプラスチックのパキッとした軸の万年筆に詰めて、1字1字綴りたい。

白い紙に引かれた細くて黒い曲線はあくまで線なのに、私はそれを見て泣いたり笑ったり楽しくなったり悲しくなったりしている。
どこに住んでいるのかも知らないけど、遠いどこかの街に住んでいるであろうあの人が、日々の暮らしの合間を縫って描いた漫画を世に公開して、それが私の手の届く範囲にやってきてくれたことが本当に愛おしい。
音楽でも漫画でも、今まで私を通り過ぎて行ったたくさんの創作物のひとつひとつが、誰かの暮らしの中から生まれて私の手元に来てくれたものだったのだと実感する。

本当はもっと好きだ好きだと伝えたい。
逐一感想を述べたい。
けれど、繰り返される「好きです」「面白いです」「感動しました」はきっといつか陳腐になる。
「泣きました」「神です」なんて言葉で済ませたくない。
あの人を、そんなにインスタントな量産型神様なんかにしたくない。
でも、あれが好きこれが好き、なんて並べ立てるといつか私の言葉の量がきっとあの漫画を追い越してしまう。
そんなの許せない。

なのでまた、「軽率に書きました」と嘯きながら推敲して推敲して推敲して推敲して推敲したメールの送信ボタンを押す。