白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

「いつまでも眺めていられる美しいものが家の中にある」ということ

或る日突然、夫が「絵を買った。そのうち届くから。」と言った。

青柳カヲルさんの素描だ。
Bunny Sings Point

絵画には疎い。
家に絵画があるのは初めてだった。

インターネットで観るのとは全く別物の作品、本物が目の前にあることにドキドキした。
絵を見て思ったことは思う存分作者にお伝えさせていただいたし、日記に書くのは勿体無いので書かない。

夫が購入したので私は1円も出していないが、
「絵画を購入する」ことについて綴りたい。

当然のことだが、青柳さんの作品を肉眼で見るのは初めてだ。
インターネットやCDのジャケット、あと雑誌でしか見たことのない絵。
デジタルイラストをインターネットで見るのは、そんなに違和感のないことではあるが、素描は実物がある。

目の前に、実物がある!

夫が存分に眺めたのを確認してから、私も観させてもらった。

たまに、家に花を飾る。
花は枯れる。そこが好きだ。
いつかなくなる美しいものを愛でる行為に酔っているのかもしれない。

絵は無くならない。
ずっとそのまま、綺麗なままだ。
いや、物質なんだから劣化したり消失したりするのかもしれないが、少なくとも花よりは永遠がある。
私が教科書の中で2番目に好きな絵は1852年に描かれているが、2014年に見たときも美しかった。
(そういえばあれを見に行ったのは大森さんのリキッドルーム公演の日だった。)

年に1回、美術館に行くか行かないかの私には、「絵を買う」ということ自体あまり馴染みのないことだ。
(買ったの、私ではないけれど)
けれど、「いつまでも眺めていられる美しいものが家の中にある」ということは、崇高であるとともに、案外暮らしの中に馴染んでくれた。

「ああ、綺麗だな」と何の気なしに思う瞬間のなんと贅沢なことよ!

一人で夜中に絵を眺めることだって、出来るのだ。
一対一での絵との向き合い方を私は今まで知らなかった。
静謐で、けれども確かに暮らしの中にある絵画!

絵を買ったことのない人は、きっと少なくないだろう。
私だって買ったことはない、繰り返すけれど。
ハードルの高い行為のように思っていた。
どうしようかな、買ってもいいのかな、なんて思っていた。
気付いたら夫が買っていた。

なので、興味のある人は絵を買えばいいと思う、ということを伝えたいがための、文章。