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白昼夢、或いは全部勘違い

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ワンルームの魔法と恋の話

「恋の話がしたい」というタイトルだけでもう胸がいっぱいになるこの表紙、
の、ときめきのはるか斜め上をいく英語のタイトルは
"I want to talk about you"、「恋の話がしたい」、すなわち「きみの話がしたい」、
きみこそつまり恋、ああ、恋とはどんなものかしら!
(最近、言い回しが鬱陶しい。)

コミックスに収録された番外編に「間取りの話がしたい」とあるほど、ワンルームの間取りが効果的に使われている漫画だ。
冒頭では、朝食と洗顔と外出と見送りが全てワンルームの至近距離で繰り出される、淡々とした別れ、これが廊下まで見送っていたらそうはいかない。

他の場面では、食卓に座る二人をベットの位置から俯瞰することで深夜を示唆するし、不穏な空気になれば外へ続くドアを示すことで「帰りたいのかな」「帰りたくないな」という気持ちを感じる。

主人公の1人、私がヤマシタ作品で2番目に好きな男の子である真川くんが、「夏フェス…かな?」というコマがある。
それ以外で彼が音楽に関する台詞を述べる箇所はあと1つしかない。
しかし彼が忘れ物のマフラーを渡す時に入れていた袋はタワーレコードのものであり、家の中には数百枚のCDと思しきものが収められた棚がある。
まさかインテリアでキャラクターの個性を示してくれる漫画があるなんて、しかもタワーレコードの袋がなければ、本棚にしては不自然に高さのそろった四角いものがCDだとは気づかなかっただろう。
何回読み返しても発見とため息が出る。
どんな家に住んでいるのか、どんな本棚をしているのか。
「自室の本棚に嘘はつけない、」とは夫の知人から聞いた言葉だったと思うが、ヤマシタ作品の登場人物はみんな、どんな本棚をしているのかと想像したくなる。
「くいもの処 明楽」の鳥居くんには、ARMS全巻持っていてほしいな。あと寄生獣

一番好きな台詞は

…マイセンの匂い
おぼえたよ
おまえが吸うから
…そうやって
おぼえたことは
たぶんもう
忘れない

私の少なくない本棚の中でてっぺんに好きな台詞だ。
この漫画が描かれたのは2008年、今ならマイセンでなくメビウスだ。
タバコを吸わない私にとって、それは私の健康と健やかな空気を損なうとともに、
うんとドラマ性の高い小道具だ。
好きな匂いは死んだおじいさんが吸っていたピースライト、
昔好きだった人が吸っていたのはラッキーストライク
あの人が出会った頃吸っていたのはキャスター、今はなぜわかばなの。
なので、この台詞のなかのマイセンがマイセンであることは、彼らが絵文字をつけるかつけないか議論するガラケーガラケーであり、スマフォではないのと同じくらい、マイセンであってメビウスではならないのだ。

もしマイセンがいまもマイセンだったら、私はこんなにこだわらなかっただろう。
こだわってノスタルジーを覚えても、非喫煙者の私にはさほど関係のないことだ。
私が傷つかない範囲でノスタルジーをなぞってみる遊び。

私の琴線を引きちぎるような台詞は他にもある。

きみと
メールや
電話
花火
ブレンド
カフェオレと
音楽
きのうの
テレビ
仕事や
ビール
近所の犬とか
そのへんの花
マイセンの匂い
そんな普通の話を
きみとしたい

きみと恋の話がしたい

ここで「恋の話がしたい」が"I want to talk about you"であることに立ち返る。
てっきり、恋の話がしたい、あなたの話がしたい、つまり、恋とはあなたのことなのだ!ということだと思っていた。
しかしながら。

そんな普通の話を
きみとしたい
きみと恋の話がしたい

「普通の話をきみとしたい」とさらり語られる願望、の次に訪れる欲、それは「きみと恋の話がしたい」なのだ。

「恋の話がしたい」とは、
「恋とはどんなものかしら」と語り合うことではなく、
「きみと普通の話がしたい、きみと、きみについての話がしたい、」それはつまり、「きみと(僕との)恋の話がしたい」なのだ。
「きみと恋を語る」ことは、「きみに愛を語る」ようなもので、
そうやって漫画の中で彼らはややスタイリッシュに日々を重ねていく。

「恋がしたくなるような少女漫画」はあまり持っていないが、
「恋ってなんだろうね」と考えたくなるこの静かな漫画が、私はとても好きだ。