白昼夢、或いは全部勘違い

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好きなものを作った人に好きだと伝えることができるのは、どれ程尊いことか2018

好きで好きで好きで好きで仕方のない漫画を描く人に「大好きです」と面と向かって伝える機会を得た。

好きなものを作った人に好きだと伝えることができるのは、どれ程尊いことか - 白昼夢、或いは全部勘違い

詳しいことは勿体無くて書けない。
ああ、書けない。
何枚も何枚も何枚も下書きして推敲して書き直して出来上がった手紙を渡して、「大好きです」と声を出して伝えることが出来た。
目を見ることは出来なかった。
ほとんど俯いて話す私に「ありがとうございます!」と声をかけてくださった。

同じ時代に生きていること、何と尊いのかと思った。
心底生きていてよかったと思った。
もっと、自分のことを大切にしようと思った。
好きな人に好きだと伝えるために努力できる自分のことが、少しだけ好きになった。
私があの人の漫画に向ける有り余るほどの「好き」は、ついに溢れて私の方にまでやってきたようだ。

ねえ、そんな機会はそう多くないよ。
そんなことわかっていた。
でも、私は一つ前の機会をみすみす逃してからあの日まで、ずっと後悔していた。
次の機会があるのかもわからなかった。
いつ筆を折るかもしれなかった。そんな素振りはなかったけれど、可能性なんて幾らでもある。
筆を折ること、バンドであれば解散したり脱退したりすること、表舞台から去ってしまうこと、悲しいことに幾らでも経験しているくせに、私は一つ前の機会をみすみす逃した。
だから、私は、大好きな大好きな漫画を描くあの人に好きだと伝えられたことが、そしてそれが伝わったことが、とてもとても嬉しかった。

一から生み出されたものを私が受け取れただけでも、とんでもない奇跡なのだ。
世の中に溢れかえる漫画たちの、たまたま私の手元にやってきたものが、私の琴線に触れるどころか私の琴線を引きちぎるようなものであったこと、それ自体がもう、あり得ないことなのだ。
更に私は公開された宛先に感想を伝えることが許された。それだって作り手それぞれ、私なんかtwitter星一つ貰っただけでブロックするような不届き者だ。(反省はしている。最近はやってない。)
更に更に、直接感想を伝える機会を与えられたのだ。私はなんと幸福なのであろうか。

今回はたまたま漫画を描く人であったが、私の好きなものを生み出す人、誰にでも同じことが言える。
私の大好きな大好きな超歌手大森靖子さんは、信じがたい頻度で「大好き」を贈る機会を与えてくれる。
手紙は、最近は「短く、濃く」をテーマに、ハガキに綴ったものを投函している。
ファンレターの宛先は六本木ではなく南青山なので要注意だ。
ファンクラブイベントでチェキだって撮ってもらえることもある。
友達より高い頻度で送られてくるLINE、コミュニケーションとしてのLINEライブ、挙げればきりがない。

何よりライブで、今、生きている大森さんから今生きている私へ、音楽を届けてくれる。
同じ時代に生きていることのなんと幸福なことか。
好きだと伝える機会を与えてもらえることのなんとありがたいことか。

という気持ちでバスツアーの2次申し込みに応募したので当たって欲しい。