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映画感想文「君の名前で僕を呼んで」

最初は短くネタバレなく、途中で注意喚起ののちストーリーに言及します。

君の名前で僕を呼んで」を観てきた。
確か、「シェイプオブウォーター」を観に行った時に予告編を観た覚えがある。
バックに流れるピアノの音が印象的で、美しい田舎の景色も心に残っている。

予告編。
映画『君の名前で僕を呼んで』日本語字幕付き海外版オリジナル予告編 - YouTube

「シェイプオブウォーター」が「たまたま手話で話す人が主人公であった」のと同じくらい自然に、一夏の恋をするのは少年と青年であった。
それを前面に押し出すでなくごく自然に進む予告編に、恥ずかしながら私は少し驚いてしまった。
出会って仕舞えば誰しも恋に落ちてしまうかも知れないのだ。それだけのこと。

繊細で、美しく、静かな映画であった。
画面はとびきりお洒落で、なのに落ち着きがあり、「心を奪われる」という表現がよく似合う時間を過ごすことが出来た。
一本の映画とゆっくり向き合う時間を持ちたい人には是非お勧めしたいと思う。

ここから先はストーリーに言及する。
鑑賞後に読んでくれる人がいれば幸い。
劇場ですれ違った「解釈違い」の人は来世で逢おうネ。














私が一番膝を打つ思いがしたのは、エリオとオリヴァー、二人の思いの種類の描かれ方だ。
少年らしく生き急ぐエリオが翻弄される一夏なのかと思いきや。
あくる日に「君に後悔してほしくない」「僕がどんなに嬉しいと思っているか」と語るオリヴァーのほうこそ、年長者としてエリオより現実をわかっていて、自制すべきは自分と考え、それでも抑えることができなかった気持ちを抱え、なおかつ年下のエリオが傷つくことのないように、あげればキリがないが、私にはエリオに比べて「若さ」という勢い(エリオに比べれば)を削がれたオリヴァーのほうこそ、ずっと繊細で、傷ついているように思えた。
(それは決してエリオがオリヴァーを傷つけたということではないが。)
それは、映画のフライヤーに抜粋されていた台詞「何ひとつ忘れない」にも象徴的だ。
思い出にするしかできないとわかっているからこそ、何ひとつ取りこぼすことのないようにオリヴァーは日々を重ねたのかと思うと、私は美しいと思うと同時に悲しくもある。

オリヴァーの口癖が「後で」であることが冒頭で揶揄されるが、途中がオリヴァーが「今から」とエリオに伝え、エリオはそれを何度も「今から?」と確かめる。
私にはそれが、エリオとオリヴァーの関係は二人にとって「後で」にできないものであり、そしてエリオにとってはただ「今から」であればと望むものであるが、オリヴァーにとってはなにもかも「今から」に重ねるしかないと知っていたからに思えた。

タイトルにもなった「君の名前で僕を呼んで」のシーンは胸が締め付けられる思いがした。
真意はもちろんわからないが、私は、君が僕であり僕が君であること、二人が一つの個体になってしまうような感覚にクラクラした。
観た人それぞれに解釈の余白を残してくれるような、うんと頭と心を使って受け止めたい場面であった。

ところで、「一夏の恋」と言えば聞こえがよく、誰にでも訪れるものなのだろうか。
私にはないのでわからないが、世間からはよく聞くのできっとあるのだろうし、エリオのガールフレンドであるマルシアにとってはエリオがその対象であろう。
エリオの両親の暖かい庇護のもとで、エリオのが「一夏の恋」をただ「一夏の恋」にできたことに私は泣いた。
そう、私の一番の感想は「理解のあるご両親でよかったねぇ」なのだ。
エリオのお父さんがエリオに語る「感情を無視することはあまりに惜しい。痛みを葬るな。感じた喜びも忘れるな。」という台詞、私もエリオくらいの年頃に誰かにかけてもらいたかったと思うし、それは今でも遅くなかったとも思う。
もし私に機会があれば、自分より年若い人にこの映画を勧めたいと思う一番の動機だ。

「痛みを葬るな」というのは、至極難しいことだと思う。放り出す方が余程楽だ。
その困難を迎え撃つにあたり、エリオを手助けするではないが見守るような両親の優しさはうらやましくもあるし、私も誰かにあんな庇護を与えることが出来たらと思った。
両親をはじめとしてエリオには周囲に沢山の優しい人々がいたからこそ、ラストシーンでのエリオの涙は美しかったのだと。

観ている最中は終始悲しい気持ちであったが、美しい映画だったな、と思う。
彼らの恋がただ美しい思い出として映画の中に切り取られたこと、それを目撃できたことを幸運に思う。

時代が違えば彼らには異なるエンディングがあったのかもしれない。
そして80年代より今のほうが、誰にとってもより幸せなエンディングに近づいていることを願う。

昭和元禄落語心中」の雲田はるこ先生のイラストエッセイが素敵だったので貼っておく。
翻訳もよかったので、吹き替え版も観に行こうかなと検討中。
「君の名前で僕を呼んで」雲田はるこ描き下ろしイラストエッセイ / 日本語吹替版キャスト・入野自由×津田健次郎インタビュー (1/2) - 映画ナタリー 特集・インタビュー

(追記)
吹替版も観に行った。
1回目にハラハラしながら観ていた点(両親の受け止め方など)については心配なく落ち着いて鑑賞できた。
私は日本語以外よくわからんので、静謐さという観点では字幕版に軍配をあげるけども、私がこの記事で書き連ねていたオリヴァーのキャラクターが字幕版よりも私の思う人物像に近かった。
吹替版の方が繊細さというか恐れというのか、が強く現れているように見えた。
それは演者である津田さんの人物像解釈が、幸運にも私の思うものとぴったり合致した上で増幅されたものだったからだと思う。CV津田健次郎は最高(小並感)

字幕版を観た1週間後に吹替版を観ること、私にとってははじめての経験だったが、両方を見ることで見えてくるものもあるのだと知ることができた。CV津田健次郎は最高(小並感)。

私は声優さんに詳しくないのだが、私でも知っているアニメに出演されているお二人が主演なので「トド松と尾形上等兵…」と思って足を運んだ。が、そんなアホなことを考える隙は当たり前だが無かった。安心。

あと、広く読まれているであろうラジオの書き起こし記事にあった「パズルを繋ぎ合わせる一言」、めちゃくちゃピンとくるものはなかったのだけど敢えてあげるなら「彼は彼で、彼だ。」「そして僕は僕だ」だったか、ちょっと怪しいけどそこかなと思った。
君の名前で僕を呼んで」であり「彼は彼だ」ということはすなわち「彼は僕だ」なのかなーとか。
そのうち小説も読むつもりなのでその時また考えるとする。

上映後、すれ違った(おそらく声優さんのファンの)女の子が「こんなに辛い映画だと思ってなかった」「人生で一番息を止めて観た」と言っていたのが聞こえた。
彼女と握手をしたい気持ちでいっぱいだったことを書き留めておく。