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白昼夢、或いは全部勘違い

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「やり尽くしたか」って西日が責めてきたことのある人へ

「やり尽くしたか」って西日が責めてくる

(歌詞が合っているのかまだわからない)
(早く知りたい)

死神

「西日が責めてくる」とはどういうことだろうか。
西日が差すのは夕方、今日一日がどんな日だったのか、大体決まっているだろう。
「今日やるべきことをお前は全部やり尽くしたと言えるのか」「全身全霊であったのか」。
「責めている」というからには、「やり尽くしたか」という問いに後ろめたさを覚えているのではと想像する。
つまり、なにも出来なかった一日のことを思う。

私の場合は、「お前は、朝起きて、満員電車に乗り、然るべきところで然るべきことを、全力を持って臨んだ上でそれなりの結果や成果を出したか?」と、問われている気持ちになる。
なぜそう思うのか、それは、私の頭が「こうあるべき」に満ちているからだ。
所謂「べき思考」、認知が歪んでいるのは誰かって?私だよ。

この曲を聴いて思い出した歌詞がある。

世界で一番しずかな部屋に灯ったいいとも

学校を休んで「笑っていいとも!」を見たことはあるだろうか。
私は、多分、ない。
学校を休むことは罪悪であり、起き上がれない程具合の悪い場合にのみ許可されるもので、つまりテレビなど見ずに寝ているべきだと思っていたからだ。認知が歪んでいる。
なので、この「いいとも」に私は覚えがないが、想像することは出来る。
朝起きれなくて、学校に行けなくて、布団に包まって。
お腹が空いて、布団から出て、なんとなく何かを食べながらつけたテレビから聞こえる、「いいともー!」。
そのあとまた布団に入って、起きたら夕方で。
閉め忘れたカーテンの隙間から西日が差してくる。
「ああ、今日も何にもしてないな、いいとも見ただけだったな」、そんな光景。

心当たりのある景色を歌詞にしてもらうことは、救いだ。

記憶の中の風景
誰かに上手く話せば救われる

大森靖子「非国民的ヒーロー feat.の子(神聖かまってちゃん)」Music clip - YouTube

西日に責められたと思ったことは今までなかった。
けれど、この歌詞を聴いて、なにも出来なかった一日を、「なにも出来なかった一日」だと認めざるを得ないあの夕方の時間が、私は辛かったんだと気がついた。
そしてそれは私だけではなく、誰かの記憶にも似たような景色があったのかと想像する。
その景色が歌詞になって歌われることで、私は私の辛さに気づくし、同時に歌われたことがとても嬉しく、辛さは少しだけ軽くなる。

この歌詞一行について、私が今思うのはこのくらいだ。

アルバム「クソカワPARTY」の発売が待ち遠しい。





ところで、トリプルファイヤーの「銀行に行った日」という歌をご存知だろうか。

トリプルファイヤー「SEXはダサい/銀行に行った日/カモン/野球選手になるために」@渋谷 TSUTAYA O-nest - YouTube

今日という一日の意味 もう担保されてる

どんな意図があるのかわからないけれど、私はこの曲を聴くと「今日という一日の意味」を「客観的に見て価値のある行動」で担保しなければ自分を認めることのできない自分を思い知らされる。