コンテンツの消費

白昼夢、或いは全部勘違い

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私たちはファンシー雑貨が万引きで潰れるような世界で生きている

REALITY MAGIC

(あーーーイントロの音色最高だなーーーーー)

クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
(ARE YOU READY?)
クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY

まず、この「クソカワ」に言及する必要があるだろう。
「非常にかわいい」を意味するのはもちろんのこととして、特設サイトでは「クソみたいなものをカワイく表現」とされている。
合わせて、この「かわ」の掛詞について考えたい。
「かわ」は「川」であり「皮」だ。
「川」については他の曲でも歌われているので、「皮」のことを。
私が想起したのは「面の皮」だ。つらのかわ。
クソみたいな面の皮を被って参加するパーティだろうか。
それとも、自分で作り出した、自分で創造した可愛い自分を被って参加するパーティだろうか。
どちらにせよ仮面舞踏会だ。ハチャトゥリアン
私はどちらかというと上っ面を被って社会で必死に振る舞っている。
その皮がクソかといわれると、あんまり面白いものではないだろうなぁと思う。

魔法が使えない私にしかできないPARTY
悲しみを咲かすのさ
REALITY MAGIC

思う事しかない歌詞だ。
ここにたどり着いてくれた奇遇な方は、以下のブログも読んでいただければ幸い。
音楽くらいは魔法であってくれよと願う私と、音楽を魔法たらしめんとする西の魔女のこと - 白昼夢、或いは全部勘違い

「REALITY MAGIC」、現実的な魔法。
「音楽は魔法ではない」と歌ってきた大森さんの「現実的な魔法」とはなんなのか、念頭に置いて以下の歌詞を読んでいく。

心にポッカリ空いてしまった穴が
一生埋まらない それはそれで幸せ
おなかいっぱいでもアイスを食べたい時に
胃にスペースができるのみたいに幸せ

私の心にも一生埋めようのない穴くらいあるが、「それで幸せ」と歌われることで、「もしかしてそうなのかな」と改めて考えることにしてみた。
「大森さんがそういうなら幸せなんだろう」と思うほど思考を手放してはいないが、「大森さんがそういうならちょっと考え直してみようかな」と思うくらいには大森さんのことが好きだ。

アイスっつったら君に選んでもらいたい
ポッピングシャワーとかピンク☆パチキャン MAXとか
スモールダブルで半分こするのが
小豆と抹茶でいいなんて萎えるわ

大納言あずきのあの人を思い出した人はハイタッチしよう。しなくてもいい。
これを書くにあたり、記憶にある限り10年ぶりに31に行き初めてポッピングシャワーを食べた。
高校生の頃の自意識の塊だった私なら「こんなスクールカースト高そうなフレーバー選べない」と言いそうだな、と思った。かわいそうな子だ。
フレーバーにスクールカーストを感じるのは私だけだろうか。
「ベリーベリーストロベリー」や「ラブポーションサーティワン」もかなりハードルが高い。今キーボードを叩いているのも恥ずかしいくらいだ。31歳なのに。
「君に選んでもらいたい」と言いつつ、すでにフレーバーはほぼ指定してあるようなものだ。
つまり、「選んで」と言いつつ、「私の好きなものを当てて」であり、「君にとっての私のイメージが私の思う私と一致していて」ということだと私は思った。
ちなみに私はジャモカコーヒーが好きだ。覚えておいてほしい。

TRUE TRUE TRUE TRUE LOVE 大炎上
来る来る来ない来る来ない 超展開
キーロックする 既読スルー なんか怪しいけど
続けパラダイス

突然の藤井フミヤ
キーロックする」と「既読スルー」で韻を踏んでいることに眼を見張る。
アイスを選んでくれるような仲だった君が突然キーロックして既読スルーしたらどうだろうか。
なんか怪しいとしか言いようがない。
この様に、連続する事象で韻を踏んでいるというだけでなく、この、明らかにここ数年で生まれた言葉を簡単そうに操る大森さんに舌を巻くばかりだ。
私と大森さんは同い年だが、私には今現在の10代の子が既読スルーにどれほど打ちのめされるのか想像がつかない。
私が高校生の頃は10分メールの返信がなければ世界が終わった気持ちだったが、それと似て非なるものを手にすることは、私にはもうできない。
大森さんはそれをたやすく飛び越える。
「言葉の魔術師」というフレーズを実感するのは、なんてことのない日常を切り取ったような歌詞なのだ。

クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
(ねえ 愛して?)
クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
間違いまくってる私にしかつくれないJOY
絶望を活かすのさ
REALITY MAGIC

元ツイートが見つからず朧げで恐縮だが、著書「超歌手」の告知で「ダメでクソな部分も可愛いって言って」とあったと記憶している。
「クソ」であり「愛して」なのだ。
私がいっとうロマンチックだと思っているロックバンドの歌詞に「あんたのことなら全部わかるよ きたねえところも全部好きだよ」というものがある。
「汚い」と認識したうえで「全部好き」と言ってくれること、闇雲に良いものだとするのではなく、分かったうえで愛してくれること。
私は割かし夢見がちなので、これが愛の一種だと思っている。
なので、「クソ」であり「愛して」という並びにロマンチックを感じてならない。恥ずかしいな。
「間違いまくってる私」とあるが、間違っていると決めるのは誰なのだろうか。
世間ってやつか。
しゃくしゃく余裕で暮らしたい。

安心できる女がいいって言ったじゃん
ポッピングシャワーとかピンク☆パチキャン MAXみたいな
頭の女と街歩いてるのをみたよ
知ってたし何も言わないけどい・や・だ・よ

1番では(私の中で)スクールカーストの高いパブリックイメージの象徴であったポッピングシャワーが、今度は「これはちょっとダメージ大きい」出来事を表すのに遣われている。
驚きでしかない。「ポッピングシャワー」という言葉に、こんなに多様な情景を持たせることが出来る人がほかにいるだろうか。

安心してね ちゃんと傷ついてるから
やることなすこと名前と(笑)つけて
罵らなきゃ守れないほどの君らしさ
それすら愛おしく抱きしめてあげるよ

この部分に御託を並べるのも野暮だと思うのだが、一応。
「名前と(笑)つけて」はレッテル貼り、まあ多分メンヘラとか、そういうあれだろう。
かつて、大森さんのtwitterプロフィールに「エゴサは愛」と書いてあった。
今もそう思っているかは定かではないが、エゴサして悪口を見たって、それすら愛だと言ってくれることを、この歌詞から思い出した。

TRUE TRUE TRUE TRUE LIFE 大絶賛
狂う狂う狂う狂う LINE 超感情
既読スルー 孤独する才能しかないけど
地獄もパラダイス

「超感情」という言葉よ。
感情を超えてどこにいくのか。
高校生のとき、国語の先生から「超かわいいって、お前ら可愛いを超えてどこに行くつもりだ」と言われたことがあったが、それの更に上を行く言葉だ。
「超かわいい」でしか表現できない可愛さがあるのと同じく、「超感情」としか言いようのない感情だって、きっとあるんだろうなと思った。
あの時私が持っていたものに名前をつけるなら「超感情」かも知れないな、とか。
1番でも並々ならぬ韻の踏み方であったが、ここでは「既読スルー」に「孤独する」が掛けられている。
大森さんの遣う「孤独」の意味は著書「超歌手」に詳しいので、ぴんと来ていない人は是非読んでほしいと思う。
「孤独する」ことも才能なのだと教えてくれたのは大森さんだった。超楽しい地獄。

クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
(もーいっかい)
クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
魔法が使えない私にしかできないPARTY
悲しみを咲かすのさ
REALITY MAGIC

あなたとわたしさくらんぼ。

死体の埋まった公園でこどもが
ボールの放物線を睨んでいる
首吊りうさぎと首輪の犬と指切り
万引きで潰れたファンシー雑貨の店長さん

突然歌詞の世界観が急変したように思うが、私はこれがREALITY MAGICがREALITY MAGICであることの裏付けなのではないかと思った。
「万引きで潰れたファンシー雑貨の店長さん」、結局魔法なんてなくて、これが現実だという鋭さで私の記憶にあるファンシー雑貨を切り裂く。ジャスコの1階にあった、こげぱんのメモ帳を買ったあのお店。
ファンシー雑貨が万引きで潰れること、ファンシーでも何でもなく、しかし現実にいくらでも起こりうる、なんというか、リアルなのだ。
思い出すのは休日に生徒が万引きしたからとファンシー雑貨に呼び出されていた学校の先生の、たまらなくファンシー雑貨に似合わない身なりだ。

REALITY MAGIC

私たちはファンシー雑貨が万引きで潰れるような世界で生きている。
その世界で、ファンシー雑貨よりさらに形のない音楽をもってして「でも音楽は...」と繰り返し歌う大森さんのことが、私は大好きだ。

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