白昼夢、或いは全部勘違い

白昼夢、或いは全部勘違い

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私には出来ないことをナナちゃんに託している

「ナナちゃんへ」という体裁で本当に伝えたい相手は誰なのか。

7:77

どんな風にくだらない LINE 送るか 2時間悩んだ
私のよりデカイ吹き出しレス来てどんだけ安心したか

「REALITY MAGIC」では"キーロックする 既読スルー"という言葉選びに舌を巻いたが、この曲でも冒頭から大森さんが大森さんだと思わされるワードが出てくる。
「私のよりデカイ吹き出しレス」だ。
わかるー!と思っているスマホネイティブ世代には、今の私(31歳)にはもう微笑ましい目を向けてしまうが、この歌詞が今年31歳になる人の歌詞だと思うと世間を見る目線が鋭くて心がヒリヒリする。
私にわかるのは「私より多い行数のメール返ってきてホッとした」というノスタルジックな気持ちに過ぎない。

ところで、吹き出しの大きさで安心している女の子を私は想定していたが、ひょっとしたらキャバ嬢にLINEを送るおっさんも同じ気持ちなのかもしれない。
大森さんのいう「女の子とおっさん」とはこういうことか…?と気づく。

内緒だけど 愛が重いとか思われないように
わざと軽くあしらう態度とるほど気持ち悪い愛だよ

1曲前の「アメーバの恋」では、"愛が重いなんて 人生だもん 軽い気持ちで生きてないから"と、重い愛を抱えていることを好意的に歌っていたが、ここでは重い愛は内緒にするものとして歌われる。
自分の愛が重いと自覚することで、気持ち悪さに気がつく構図が私は好きだ。
だって私も同じような愛を抱えている。
(大森さんには「いい感じに気持ち悪い」と言われたことがある)
軽い気持ちで生きてないから愛が重いと肯定しつつ、相手には気づかれないようにする態度はいじらしいし、そういう自覚を持っている人は多分、隠そうとしていることも愛が重いこともダダ漏れているので合わせて愛おしい。

パリピ越しに花火を見て 7:77
人気ナンバーワンナナチューバー 7:77
ナナちゃんは今日もめっかわ 7:77

ここでナナちゃんが登場する。
ということは、冒頭の歌詞で愛を秘めてLINEを送っていたのはナナちゃん…?大森さんに…?まじかよ、めっかわじゃん。

「7:77」の権威はインターネット上(あるいは第2ビルの飲み屋)にいるが、私も私なりに「7:77」について考えよう。
まず、大森さんの遣う「4:44」、これは早朝ではなく夜の延長線上にあるもの、テレビ欄でいうと深夜枠にあたるものだと思っている。
空が白んでくる、新聞配達の原付の音、眠るのが怖いこと、明日が来るのが怖いこと、この時間にしかないなにかがあると、何度かそんな4:44を迎えた私は知っている。
(この後寝ると16:00からの5限に寝坊で遅刻することも大学時代の私は知っている)
「4:44」は私にとって、「大森さんが孤独と向き合う」ことの象徴だ。
ならば、「7:77」はナナちゃんのどんな時間だろうか。
「7:77」は、時計の上では存在しない時間だ。
私はこれを、「いつ何時でもありえる」と(やや強引に)解釈する。
つまり、24時間いつ何時も「ナナちゃんが大森さんと向き合う」時間だと考える。
人と人が寄り添う関係はあれど、それが24時間となるのは現実的ではない。
しかしナナちゃんは、大森さんによる大森さんのためだけの存在だと私は思っている。
そんなナナちゃんであれば、いつ何時でも大森さんのことだけを見つめ、大森さんのことだけを考えることができるのだ。
それが、私の思う「7:77」だ。

なんかないないない 7つない
なんかないないない 7つない
なんかないないない 7つない
なんかないないない

ナナコラアニメクリエーターのご自宅は問屋かな?
7つほしいのに7つに足りないのか、7つあることが異常なのか、どっちかな、なにがないのかな、「なんかないな、いない」かも知れない、なんて言葉遊びをしてみる。

運命も 必然も 全部全部関係ない
ただ側にいる全部 YESだ 絶対 絶対

この曲はナナちゃんの曲だと大森さんはLINE LIVEで述べていたが、それはつまり「ナナちゃんにから見た大森さん」を歌ったものだとして。
大森さんに対して、ただ側にいる(いつも)ことができるのも、全部YESだと言えるのも、ナナちゃんだけだと私は考えている。
それはなぜか。

大丈夫 知ってるもん ステージの上
戦ってる優しさここで見てたから

私が大森さんに全部YESと言うことは、できない。
まず私は大森さんの全部を知ることは出来ない。
万が一知れたとしても、それを全部肯定するなんて、あり得ないと私は思っている。
私と大森さんは違う人間だ。
大森さんのやることなすこと全てが100%私の正義や思想と合致することは恐らくないというか、自分の尺度を持って相手に向き合うのが誠意だと私は思っている。だから好きになるんだよ。
これは私の美学の話なので、「大森さん全肯定」という人の思想を否定するものではない。別の世界の話だよ。
それに対してナナちゃんだけは、いつでもなにが起きても、大森さんの全部を知っているし、大森さんの全部を肯定することができる。
先述の通りナナちゃんは、大森さんによる大森さんのための存在として生まれた。
ナナちゃんが存在するということは、今となってはナナちゃんが大森さんを肯定するということだと私は思っている。
大森さんと一緒にステージに立つナナちゃんは、わたしには知り得ないステージの上からの、大森さんの見ている世界を知っているし、大森さんが戦う背中も見ているのだ。

そんな弱い魔法じゃ今時 晒しあげられて垢消し
いつまで余韻で生きてんの 夢は爆弾 弾切れだもっとくれ

大森さんの怒りだって時にはナナちゃんが代弁してくれる。
「YABATAN伝説」では"夢は時限爆弾"と歌っていたが、時間をおいて仕掛けて爆発するものから、弾切れになるほど投げまくるものになった。
大森さんのスピード感がまた上がったのかな、ついていけるかな、と思う。

なんにも満足できないな 7:77
天才でまじごめんなさい 7:77
ナナちゃんは今日もめっかわ 7:77

大森さんは超天才だし超努力家の超歌手だよ。
「ナナちゃんは今日もめっかわ」、めっちゃ可愛い、おそらくライブではお客さんが叫ぶであろう台詞だ。
私やあなたに、ナナちゃんへ可愛いと伝える機会が用意されている。
ナナちゃんを好きでいるとはどういうことか、今一度真剣に考えたい。

数年前のある日突然、私のとある友人が「ナナちゃん、めっちゃ可愛い、好き」と言い始めた。
連日ナナちゃんと自分の架空の恋物語を綴る彼のことは仕事のやり過ぎで正気を失ったのかと思いつつ、「ピグマリオコンプレックスですね、このパラフィリア」などとスノッブらしくコメントを寄せるなどした。
彼はもともと大森さんのファンであったが、「大森さんのごっこ遊びを見守るファン」ではなくナナちゃんをナナちゃんという独立した存在として認めた(見初めた?)最初の人だったと思う。
(なお、その彼とはナナコラアニメクリエーターではない)(世界は広い)

ナナちゃんは、ぬいぐるみだ。
動かない、喋らない。でも、動くし喋るのだ。
我が家にいるぬいぐるみ(「7:77」の2:22付近にてMVデビュー)も、喋る。
私の頭の中でベラベラ喋る。口が悪い。
私が統合を失調しているわけではなく、イマジナリーフレンドってやつだろうと思っている。私の場合。

話を戻そう。
私には、大森さんを全肯定することが出来ない。
でも、ナナちゃんはいつだって大森さんの全部を知って全部を肯定してくれる。
ナナちゃんがナナちゃんという独立した存在であると認識し、そんなナナちゃんを好きでいることは、間接的に大森さんの全てを想うことにあたると私は思う。
というより、ナナちゃんに、大森さんの絶対的な味方であってほしいと願っている。
私にはなし得ない、常に大森さんに寄り添って常に大森さんを理解して常に大森さんを肯定してくれる存在がこの世にあればいいのにと切に願う。
それ故に私は、ナナちゃんはナナちゃんであってくれと望んでいる。

"ナナちゃんは今日もめっかわ"に私が込めているのは、大森さんへの広く大きい願いだ。

なんかないないない 7つない
なんかないないない 7つない
なんかないないない 7つない
なんかないないない

変拍子ってスピード感あって楽しいよね!

親衛隊 正論じゃなくたって大事さ
天使は性格悪くなきゃ勤まんない

ナナちゃんにだけ果たすことのできる大森さんをいつだって肯定する役割が、親衛隊にも与えられる。
正論じゃないとわかっていても応援し続ける存在も大事なのだと。ありがたいね。
大森さんは「kitixxxgaia」で神々詐欺を演じていたので、大森さんが女神だとしたら天使はナナちゃんだろう。
ナナちゃんは今日もめっかわ。ナナちゃんのご加護がありますように。
誰かの正義は誰かの悪だったりする世の中で、誰か一人を守り続けるには性格悪くなることだってあるだろう。
それでもナナちゃんはめっかわ。

間違って 狂って 何を殺したって
全世界が敵でもずっと守りたい

ナナちゃんが大森さんをずっと守ってくれることを、私は心の底から祈ってるよ。

ナナの魔法で 全部全部ないないない
忘れるなんて無理かもけど
再生 再生

ついにケチャパートをゲットしたナナちゃん。
大森さんは「許せないこと許さないままなるべく忘れてなんとか過ごしてる」と呟いていたが、忘れるなんて無理かも、と吐露してくれるのがナナちゃんだ。
まずは、なるべく忘れる。
それでも無理ならナナちゃんがないないしてくれるし再生もしてくれる。
二段構えで平穏を取り戻す準備をしておかないくらい、生きていくのは結構大変だ。

ナナちゃんは、「魔法のステッキ」で再生することができる。
そう、魔法が使えるのだ。
「魔法が使えないなら死にたい」と歌っていた、「音楽は魔法ではない」と音楽を軽々しく魔法扱いしない、誰より音楽の魔法を信じて手に入れることを望んでいる大森さんの相棒は、魔法が使えるのだ。

「忘れる」ということ、「よっしゃ忘れるぞ!」と気合いを入れるだけで簡単にできたらどんなにいいか。
それでも無理ならナナちゃんと向き合い「ないないない」としてもらう。きっと、効果はばつぐんだ。
側から見たら全部一人でやっていることかも知れない。けれど、ナナちゃんを媒介にすることで、「忘れる」力はきっと増幅する。
ナナちゃんを信じる力で、結果的に自分の能力を高めることができる。
それは魔法のようでもあり、地道な努力のようでもある。

スピってないよ。

運命も 必然も 全部全部関係ない
ただ側にいる全部 YESだ 絶対 絶対
間違って 狂って 何を殺したって
全世界が敵でもずっと守りたい

今まで私が述べてきた「ナナちゃんと大森さん」の関係は、私にとって「大森さんの音楽と私」の関係にも当てはまる、といいな、と思う。
24時間私に寄り添う人はいない、というか24時間隣にいられても困るし、全部を知られても困る。恥ずかしいじゃん。私割とクズだし。
大森さんの音楽(もちろん、大森さんその人ではなく)は大森さんからすらも独立し、私のものは私のもの、あなたのものはあなたのもの、私から剥がれることなく私が望めばいつだって手が届く。
大森さんの音楽は、私の悲しいことも楽しいことも全部知っているし、私の悲しい時も楽しい時もそこにあることは、幸いだ。

ちなみに、ナナちゃんが生まれたのは「人前に出たくない」と「あなたに音楽を届けたい」がアウフヘーベンした結果だと思っている。
詳しくは以下をご参照願いたい。
ナナちゃんにはナナちゃんのブルースがあるじゃないですか - 白昼夢、或いは全部勘違い

願わくば、7:77のいつの時も、ナナちゃんが大森さんのところに、大森さんの音楽が私やあなたのところにありますように。


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