白昼夢、或いは全部勘違い

白昼夢、或いは全部勘違い

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東京生まれでも東京育ちでもない私の空のこと

何もない この街に憧れてしまったね
なんでもある この街に憧れてしまったね
きっとそれは全て持っているようで
全て失った僕と似ていたからで

君が居ない 君がいる 繰り返すだけ
君と別れて また別の君を愛した
狭いと言われる空に 狡いと言われる僕が
全て失ったぶったところもみられていた

東京都 今日と今日 東京 今日はひとつ夢が叶ったのに
東京都 今日と今日 東京 君に会うと またひとつ夢が増えてしまう
閃きは溢れて 新しい都市となる

何もない この街に憧れてしまったね
何かしたい それだけに焦がれてしまったね
宇宙か東京に行きたい ここは宇宙だし東京だけどさ
願ったところにしか行けないなんて嫌なの

東京都 今日と今日 東京 今日はひとつ星がみえたのは
僕はもう大人だから願いごとは僕で始末をつけるのさ
君は空に叫べ 新しい星となる

今まで、一段落ごとに私の思ったことを書き連ねてきたが、この曲はそういう体裁はとらない、というか、とれない。
私は上京していないから。
この曲を聴いていると、東京の大学に行きたかった高校2年生の頃を思い出す。
というより、その気持ちになってしか聴けない。
私は上京するのを諦めた人間なので、東京に行ってたら私はどうなってたかな、なんか今よりつまんない人間になってそうだな、とか思うけど負け惜しみだろうか、だろうね。
「GIRL'S GIRL」だって私とかけ離れた歌だったが、「上京しなかった」ことは私に案外まだ張り付いていて、距離を取ることができないテーマなんだと思い知る。

この曲から思い出すのは、これ。
(インターネット、探せばなんでもある)

峯田
「(略)東京来たらちょっとは変わるかと思ったんですけど、変わんないんすね」

マツコ
「みんなそういう幻想を抱くけど、それね、逆なのよ。東京ほど、アンタみたいなのが変わらないでいられる街はないわよ?例えば山形にいたら、矯正されてたと思うのよ」

峯田
「ああー、そうですね!」

マツコ
「周りがほっとかないじゃない?無理矢理、役場かなんかで働かされて、結婚もして、今頃ちゃんと生きてたと思うのよ。東京って、病気の人は一生病気でいられる街よ。で、肥大するのよ、その病んでる部分が。でも、だから面白いんじゃない?この人に真人間になられたら、アンタたちだって困るでしょ?しかし、まあ、面白いわねえ!久々の逸材だわ。本物よ。あたしCD買うわよ」
[噛ませ犬ミネタの社会の窓 第20回]

drifter マツコ・デラックス曰く「東京はずっと病気でいられる街」

大学生の時にこれを読んだ。ロッキン、大学の生協で買っていた。
私は、真人間にも面白い人間にもなれなさそうだから東京に行かなくてよかったなあ、と思いながら、地方都市で真面目な大学生活を送ったことも、思い出す。

「狭い」と「狡い」が掛けてあるギミックには言及するとして。
東京について歌われるときや詠われるとき、「空」が出てくることは少なくないように思う。
(久しぶりに「東京病」を聴くなどした)

有名どころは「あどけない話」。

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

高村光太郎 智恵子抄

この詩の主題は東京の空の狭さではなく二人の断絶と繋がりかしらんと思いつつ、全文を掲載する。
(ちなみに私が智恵子抄で好きなのは「人に」)

大森さんの歌う空は、狭くない。
東京は東京であり宇宙でもあるし、空には叫ぶこともできる。
それは、大森さんにとって東京という街が希望だからなのかな、と思う。
かつて、"ググって出てくるとこなら どこへだって行けるよね"と歌っていた大森さんだが、ここでは"願ったところ"以外を乞う。
きっと、そのステージに連れて行ってくれるのが、東京という街なんだろうな、と想像する。

選択しなかったことよりも、選択肢があることすら知らないことのほうが、勿体無いなと私は思う。
大人になって初めて上野の国立博物館に行った時、ここに子どもの頃来ていたら、私はどんな大人になることを選択肢に追加できていただろうかと思った。

東京が全てではないとして、ね。
東京生まれ東京育ちの人に、この曲の感想を聞いてみたい。

せめて私が東京育ちではないから得られたものの話をすると、私の知っている空は海との境目が曖昧だから、ずっとずっと広い。

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